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- 1 :依頼スレ169 ◆PENGUINqqM @お元気で!φ ★[]:2009/06/28(日) 19:16:37 ID:???0
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 日本赤軍のリーダーだった重信房子被告(63)が産経新聞の取材に「世界を変えると いい気になっていた」などと述べた。新聞メディアのインタビューに答えたのは異例。 昭和49年にオランダ・ハーグの仏大使館が占拠されたハーグ事件など3事件で殺人未遂罪 などに問われ、東京高裁で懲役20年の判決を受けた重信被告。東京拘置所に身を置き、 がんの手術も受けたという。テロリストの女王と呼ばれた被告が語る全共闘、武装闘争、 人生観-。 ■行動に自責の念 「現実を変革する運動は楽しく、創造性があった。現状を変えたいという思いで、家出少女も キャンパスに集い、いろんな人が話し合える環境があった」 6月中旬に面会した重信被告は終始にこやかで、昭和40年代半ばに盛り上がった全共闘運動を そう振り返った。運動が数年で勢いを失ったことには、「世界を変えるといい気になっていた。 多くの人に迷惑をかけていることに気づいていなかった。大義のためなら何をしても良いという 感覚に陥っていた」。 重信被告は40年に明治大学二部に入学し、学生運動に参加。44年に結成された赤軍派に 加わる。「日本だけでは革命を起こせない」と海外に活路を求め、重信被告はレバノンへと出国、 日本赤軍を創設した。空港内の銃乱射事件やハイジャックなどを引き起こした。 過激な行動には自責の念にかられているようだ。 「運動が行き詰まったとき、武装闘争に走った。世界で学生運動が盛り上がっていたが、 故郷に戻り、運動を続けたところもあった。私たちも故郷に戻って運動を続けていれば、変わった 結果になったかもしれない」(>>2以降に続く) ▽画像:平成12年11月に警視庁へ護送される重信房子被告 ▽Yahoo!ニュース(産経新聞) http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090628-00000080-san-soci
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